ニュースはタダでは作れません。人件費、取材費、交通費等々、様々なコストがかかっています。それが無料で読めるということは、誰かがそのコストを読者に代わって払ってくれているということです。その恐さについて、ネットでニュースを読む人は考えたことがあるでしょうか?
今さらですが、新聞社は、企業や団体などからの広告料と読者の皆さんからいただく購読料を主な収入としています。広告料に100%頼っていない。だからこそ、広告料を払ってくれている企業や団体の悪口も書けるのです。
それが、収入の100%が広告料になったら・・・。スポンサー離れが恐くて、筆が鈍るのではないかという危惧が生まれるのは、常識的に考えれば分かることででしょう。
もちろん、真実を伝えるからこそ、読者に読んでいただけるわけで、読者が増えるからこそ、広告料がもらえる・・・という構図ではあるのですが、力関係が大幅に弱くなるのは明らかです。新聞社の収入が100%広告になったら、極端な話、スポンサーに都合のいい記事しか書かなくなるかもしれません。
そして、国民全員がネットでだけニュースを読むようになったら、我々新聞社の収入はほぼ100%広告料になる可能性が高くなります。
言い換えれば、あなたがニュースを読むときに、だれかがそのコストを払ってくれているということは、その払ってくれている人にとって有利な、逆に言えば、あなたに不利なニュースが流れる可能性が高まるということです。
ネットでだけニュースを見る人は、その恐さに気づいているのでしょうか。新聞代を支払うのは、民主主義の基本となる国民の知る権利を守るために支払うべきコストである・・・という認識がないまま、「お金を払わなくてすむならその方がいい」とか「便利なんだからいいじゃないか」と安易に考えることは危険だと思います。
読売、朝日、日経新聞さんが共同でニュースサイトを立ち上げたのは、いろんな意味で産経新聞社にとっては脅威ですが、「ニュースを守るため」の一つの挑戦という意味で意味のあることなのでしょう。
産経新聞社は逆に、紙媒体とネット媒体を「車輪の両軸」と位置づけ、両者の消費者は別の人種、あるいは、両者には別の使命があって対立せずに補完し合う・・・というスタンスを取っています。これも一つの挑戦です。
ただ、今のところ譲れないのは「紙あってのネット」です。ネットだけでは目下、十分な収益を確保できませんし、公正中立な報道を担保する自信がありません(と私は思っています)。
心あるニュースの消費者の方にはぜひ、新聞の購読料は民主主義を守るための必要経費だと思って、新聞を買っていただければ幸いです。


by chirobitch
【ネット流行語大賞2011】…